気ままに行こう

子育て中の国際結婚家庭の日常生活

韓国での乳がん治療体験記⑥ 国際結婚家庭の悩み

前回の内容はこちら

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食べ物ってすごいですね。

手術翌日は、1日振りに食事を摂り力が出てきました。

 

 

朝食後にはドクターがいらして説明が。

 

癌の詳細が分かる組織検査(日本では何というのか知りません、すみません)の結果は10日ほどで分かるとのこと。

なので、現時点ではどのステージなのかは分からないから今後の治療方針も決められないとおっしゃっていました。

 

癌が大きかったのでステージ2くらいで収まってくれれば良いのですが、もしステージ4だったら・・・と思うと不安になります。

 

どういう結果にしろ、早く現状を知りたい!!

でも待たないといけないんですね。

 

どんな手術をしたかというと、左胸の乳腺と、左脇のリンパ節を全て切除したとのこと。

 

左脇のリンパ節を切除しているので、リンパ浮腫に気をつけないといけないとお話ししてくださいました。

左腕に関しては、重たいものは持てないし、使いすぎてもいけない、圧迫したりマッサージもダメだそうです。

指輪もダメ。

 

ganjoho.jp

 

余談ですが、ある日、左腕が太くなっているので、[まさかリンパ浮腫?!]と思い焦ったのですが、右腕も同様に太くなっていて、ただ太っただけだったことがありました😆

 

 

 それと、左胸は乳腺を全て切除しているので、そのままだとぺったんこになります。

なので、左胸には乳腺の代わりにシリコンを入れました。

手術の時に一緒に

 

これは、夫の提案でこうなりました。

夫は何度も手術を経験しているため、分かっていたんですね。

手術がどれだけ体に負担を与えるのかを。

なので、可能ならば1度の手術でそのまま再建して欲しいとお願いしたんです。

 

でも、このことでまた後で面倒なことが生じたのですが。。

だって、授乳中だったんですよ。

右胸がどれくらいのサイズまでしぼむかなんて私でさえ分からない・・・

 

 

さて、話しを戻して・・・

手術後の記憶はちょっと曖昧なのですが、この日は確かまだ動けなかったので、ベッドに居ながら夫と色々話しました。

風船を膨らましながら。

(大きな手術だったので、肺活量を戻すために?、看護師さんから風船を膨らますように言われていました。でもなかなか膨らまないんです。子供にせがまれていつも膨らましていた風船が・・・膨らませられたのは手術後4~5日目だったと思います。

 

夫と色々話していたら、ちょっとツラくなってきました。

 

夫は不安を払拭したいために、「ステージ2だろう」と言っていますが、癌自体は5㎝弱。転移の可能性もあります。

万が一、多臓器に転移をしていたら・・・

 

乳がんはとても予後が良く、ステージ2までは10年後の生存率がかなり高いんです。でもステージ3になると10年後の生存率がガクッと低くなる。。

ステージ4になると更に低くなる。。

 

この時、私は[せめてステージ3でおさまっていて欲しい]と思っていました。

 

でもそんなことを考えるほどに悲しいと言うか、ツラいと言うか、胸が苦しい。

 

何が一番ツラいかって、娘は私が居なくなってもまだ分からないだろうけど、3才の息子が泣きながら「ママどこ?」って泣いている姿を想像すると胸が苦しくなって涙が出てきました。

そして万が一このまま死んだら、娘は私のことを知らずに育つ😭 

 

私自身は、何故か分かりませんが昔から生きることにあまり執着(?)がなく、「生きたい」とか「死にたくない」とか思ったことはありませんでした。

思うことは[死ぬときに痛かったり苦しかったりしなければ良いな]という程度。

まるで「死」が赤の他人のことかのように。。

 

でも子供が居ると違うんですね。子供が私を求めて泣くようなことは考えただけでも悲しすぎるので、絶対に子供達のために生きないといけないと思いました。

 

なのに、「生きよう」と思うようになると、今度は死ぬ事への不安が出てきました。

恐怖と言うより不安。

 

死んだらどうなるんだろう??

私がじゃなく、家族が。

 

私は死んだら終わりとして、残った人達がしばらくの間は悲しみの日々を送る・・・それを考えるとまた胸が苦しくなりました。

 

これは死ねない。

でも[死ねない]と思うほどに死の不安が・・・

なんて悪循環な・・・

 

この時は不安で仕方なく,不安の中にはまり込んでしまいました。

 

起きているときは何をしても不安がつきまとうのですが、それでも何とかしないといけない。

その時に、数年前に本で読んだ「ホ・オポノポノ」を思い出しました。

とりあえず何をしても集中できないし、ベッドに居て何もできないので、一日中「ありがとう」「愛してます」を頭の中で繰り返していました。

 

とにかく不安が常に沸いてくるし動けないので、この時はそれしかできませんでした。

 

早く結果を知りたい・・・癌はどこまで進行していたんだろう・・・

 

 

そしてある時、フッと

「あれっ??もし韓国で死んだら、日本人の私の骨はどこに埋められるんだ??」

 

これ、かなり重要です。

今でもたまに思いますが、寿命を全うしたとしても、一体どこのお墓に入るか??

どこのお墓に入りたいか?? 

 

でも、こんな深刻な状況でそんなシャレにならないようなことを夫に聞けない・・・

 

 

それともう一つ。

もし私が死んだら・・・子供達は誰が育てるのか??

 

どう考えても、私が居なければ子供達は韓国には居られません。

 

何故かというと、夫は仕事をするので一人で2人を世話するのは無理。

そもそも家事は全くできない。

夫のお母さんは体が悪いからちょっと難しい。

 

となると、子どもの面倒を見れるのは日本にいる私の両親しか居ないんです。

そうすると子供達は日本で育つことになります。

 

この時、日本語を話せなパパが、子供達と一緒に日本に行くと思いますか?

子供のためにこれができるパパが居たら本当にすごいです。

 

日本語を話せない状態だと、かなりの苦労を覚悟しないと日本には来れないと思います。

まず言葉が話せない時点で、稼げる仕事はない!!

 

それならば、たいていの人は韓国でしっかり働いて稼ぎ、日本に居る子供達に送金する方を選ぶと思います。

 

で、もし子供達だけ日本に送り夫は韓国で稼いで日本の子供達に送金するとなると。。

 

当時3才の息子は韓国語を話していましたが、そのまま日本に住んで韓国語を話す環境がなかったらどうなると思いますか?

 

息子はそのうち韓国語を話せなくなりそうですよね。

 

生まれたばかりの娘は全く韓国語は話せない。

 

いずれは子供達は日本語しか話さなくなる。

 

パパは韓国語しか話せない。

 

つまり、親子なのに会話ができない・・・

 

可哀想すぎる。。

 

国際結婚家庭って、何かあると普通とはちょっと違う問題が生じてくることをこの時に実感しました。

 

 

そしてまたお墓の話しに戻ると・・・

 

もしですよ、子供達が日本に住んでいるのに私の骨を韓国に埋めたら、子供達は墓参りできないじゃん!😱とか。

 

もし韓国のお墓に埋められたら、夫が死ぬまでは私は会ったこともない夫の先祖達と一緒にお墓に一人で居ることに。。 それも変でしょ。。

 

かといって日本に埋めたら夫がお墓参りに来れないから可哀想とか。

 

なので[これは散骨しかないな!]とか考えていました。

 

 

つづく。。

韓国での乳がん治療体験記⑦ 韓国語を話せない両親が韓国に来た! - 気ままに行こう

 

 

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